カップオブエクセレンスとは

カップオブエクセレンスのロゴ

コーヒーに対する国際的な品質評価プログラム

カップオブエクセレンスは生産者と消費者をむすぶためのコンペティション組織です。 世界中のコーヒー豆が審査され、インターネットオークションにかけられ、世界のコーヒー業者が入札します。オークションで決まった買い取り代金は、一部を除きすべて生産者に渡されます。厳密で透明な審査&オークションシステムにより、カップオブエクセレンスの信憑性が支えられています。

今日では、「カップ・オブ・エクセレンス」は世界中で最も品質レベルが高いプログラムとして、高い評価を受けています。このプログラムが高い評価を確立できている理由としては、非常に厳格な「モニターリング・システム」が構築されている事と、国際審査員の厳しい能力審査と、審査員認証プログラム、及び、生産国のカッパーに対する「トレーニング・システム」によって支えられているからです。

カップオブエクセレンスの審査風景

カップオブエクセレンスの成立まで

ITC(国連)の基金とICO(国際コーヒー機構)の協力のもと世界のコーヒー生産国政府が、味と香りと後口の甘さのある高品質なコーヒーを生産するため、1997年からその土地に合った在来種(主にティピカ・ブルボン系統種)を栽培し、生産方法を開発し、発展途上生産国の経済的自立を促進するために進められた特別な国際プロジェクトです。この新しく開発された高品質のコーヒーのテストマーケットとして日本、アメリカとイタリアの三カ国が選ばれました。

従来の品質規格(コモディティコーヒーの規格)と最も差別化できるポイントは、小規模生産者が生産した在来種の豆のみを精選選別していることです。最良で高品質の宝石のようなコーヒーを見つける事は簡単なことではありません。しかし今回導入されたプロジェクトコーヒーでは優れた品質を求める消費国のニーズにあったコーヒーとして開発され提供できることになったのです。このITCグルメコーヒープロジェクトの流れを汲んで1999年にカップオブエクセレンスが誕生しました。

どのような状況から「カップ・オブ・エクセレンス」というプログラムが導入されたのでしょうか? 1997年〜2000年に ITC(UNCTAD/WTO)(united Nations) [ 国際貿易センター(国連貿易開発会議/世界貿易機構)(国連)] によって[ Development of Gourmet Coffee Potential ] プロジェクト(グルメコーヒー可能性の開発)が導入されました。このプロジェクトは国連共通基金(Common Fund)が資金を供与し、ICO(国際コーヒー機関)がITCに事業を付託したものです。

このプロジェクトは生産国、可能性の検証と開発、生産国に対するコンサルタントに加えてマーケティング・コンサルタントによる4つの役割により構成されております。 生産国は南米からブラジル、アジアオセアニアからパプア・ニューギニア、アフリカからエチオピア、ウガンダとブルンジが選定されました。可能性の検証・開発の対象国は、米国、日本、イタリア(ウガンダのロブスタのみ)が選定されました。生産国に対するコンサルタントには、アフリカ3カ国に対してパプアニューギニア、ブラジルが選定されました。マーケッティング・コンサルタントは、米国、日本、イタリアが選定されました。生産国側の受け入れ統括機関は、ブラジルはBSCA(ブラジル・スペシャルティコーヒー協会)、パプア・ニューギニアはCIC(コーヒー産業機構)、エチオピアは CTA(コーヒー・紅茶庁)、ウガンダは UCDA(ウガンダコーヒー開発庁)、ブルンディは OCIBU(ブルンディ・コーヒー産業庁)が指名されました。

カップオブエクセレンス プロジェクトの経緯

1998 年(生産の初年度)には、各生産国において生産コンサルタントの統轄・指示の下に品質向上を目指した試作生産物(コーヒー生豆)が生産され、各マーケッティング・コンサルタントが、市場性の検証、品質の検証を行いました。

ブラジルは生産国5カ国(ブラジル、パプア・ニューギニア、エチオピア、ウガンダ、ブルンジ)の中で最もコーヒー産業が整備、構築され、品質管理については全く問題ないものと理解されていました。 そして、初年度にブラジルで生産されたコーヒーは、米国市場向けには予め暫定買い取り契約を締結した上で、米国市場で販売可能性の検証を行ないました。

しかしながら、米国スペシャルティコーヒー産業は、どの会社も試作品について「価格プレミアム」の支払いを拒否しました。大手スペシャルティロースターに至っては、試作品の引き取りさえも拒絶したのです。

米国のスペシャルティコーヒー・ロースターは、「価格プレミアムへの支払い」と「試作品の引き取り」を拒否した理由について、品質がスペシャルティコーヒーでは無い事と、BSCA 側の品質管理が、従前の「コマーシャルコーヒー」に適用されていた「カッピング方式」で評価したもので、「品質管理方式が、全くスペシャルティコーヒーには適用できない」事を強く拒絶したのです。

「カッピングの長い実績と歴史に、強い誇りを持つ」ブラジル側は、一切、米国市場の反応に聞く耳を持ちませんでした。このままでは、ITCのこのプロジェクトは継続実施できない極限に追い詰められた結果、ブラジルの品質管理、即ち、従前の「クラシィフィカドール(ブラジル政府認定のコーヒー技能鑑定士)」を総て排除することを決断し、BSCAに通告しました。

次の年の1999 年にも試作品が作られました。それと共に、品質向上を目指した BSCA 会員農場、その他の生産者に自信作を出品するように呼びかけました。その年には、合計で340ロットの出品がありました。出品されたコーヒーは「ブラインド・テスト」(コーヒーの情報を明示しない状態)で事前審査を行ないました。「ブラインドテスト」は従来のブラジルでは一般的には実施されていなかった方式で行われました。テストの結果、約40ロットが本審査へと通過しました。

そして米国を中心に、スペシャルティコーヒー(Specialty Coffee) のCuppersを選出しました。
Cuppersは
・Mr. Howell、
・Mr. Silvio Leite。
これに、元IBCカッピングコースの主任教官であった
・Mr. Jose Luiz Toledobr
この3名に加えて、世界中から10名のCuppersが選ばれました。
・Mr. Kenneth David,
・Mr. Martin Diedrick(Diedrick Coffee),
・Mr. Alan Nietlisbach (Volcafe Specialty),
・Mr. Steave Colten (Atlantic Coffee),
・Mr. Jim Reynolds (Peet's Coffee & Tea),
・Mr. Ted Lingle,( SCAA),
・Mr. Robert Dattara (Caribou Coffee),
・Mr. Alf Kramer (SCAE),
・Mr. Vincenzo Sandalj (Sandalj Trading),
・Mr. Hidetaka Hayashi (Hayashi Coffee Institute)

これらのCuppers は今から考えると、必ずしもスペシャルティコーヒーのカッパーではありませんが、当時はトップクラスと見なされていた者達です。

上記13名のカッパーを集めて、1999年10月に、4日間の「ダブル・ブラインド」方式で初めての国際審査会が実施されました。そのとき、従来のブラジルの「クラシィフィカドール」と呼ばれる人達は、審査会場に立ち入りが禁止され、窓の外から国際審査会を覗いていました。 審査会の結果、順位が発表され、上位10ロットの生産者を集めて、世界中のコーヒーに携わる人々の為に簡単なレセプションが行なわれました。

米国市場のマーケッティング・コンサルタントのMs. Susie Spindler は、これらのトップ10ロットを対象に、インターネット・オークションで販売することを提案しました。「カップ・オブ・エクセレンス」と言う名称は、BSCAが商標登録をしていたものですが、「この名称が良い」と言う事になり、このインターネット・オークションに際し、商標使用を認めたものです。

当時、SCAAはインターネット・オークションの為のプラットフォームを保有していましたことから、1999年12月に開催された初めてのインターネット・オークションは、SCAAのプラットフォームを使用して実施されました。 第1位ロットは、ディードリッヒコーヒーが US$2.65/lb. で落札しました、当時としては破格の高値で、一挙に、この国際審査会―国際インターネット・オークションは注目を集めることになったのです。

カップオブエクセレンスの風景

カップオブエクセレンスの発展

2000年に第二回目の「カップ・オブ・エクセレンス・ブラジル」が開催され日本から二人目の国際審査員としてMr. Shinji Sekine が参画しました。この国際審査会で84点以上を獲得した総てのロットが、第二回目のインターネット・オークションにかけられ、日本の2社が初めて2ロットづつを落札。これが日本のカップオブエクセレンス落札・購入の始まりとなりました。

また、2000年5月のICO総会大会議場で、ITCグルメコーヒープロジェクト(正式名称は上述の、「グルメコーヒー可能性の開発」)の結果発表のプレゼンテーションをMr. Jan van Hilten, Ms. Susie Spindler, Mr. Hidetaka Hayashi が行ないました。この席上、Ms. Susie Spindler はカップ・オブ・エクセレンスのプログラムを継続することを発表しました。2001年にACE ( The Alliance for Coffee Excellence, Inc.) と言う非営利組織が、米国で設立されました。初代の理事には Ms. Susie Spindler, Mr. George Howell, Mr. Alf Kramer, Mr. Marcelo Vieira, Mr. Hidetaka Hayashi が就任しました。その後ACE は徐々に理事を増員し、現在は13人となっています。

カップ・オブ・エクセレンスのプログラムはその美味しさと品質、信頼性により徐々に拡大されていきました。2001年にはグアテマラが参画し、2002年には、ニカラグアが参画しました。その後、エル・サルヴァドール、コロンビア、ボリビア、ホンジュラス、コスタリカ、メキシコ、ルワンダ、ブルンジなどのコーヒー生産国が参画し、世界的な国際審査会として認知されるようになっています。